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嘘と芭蕉と、ときどき俳句

先日、新聞で「芭蕉」の文字を目にしました、杉野です。

芭蕉といえば、『奥の細道』ですよね。





そして『奥の細道』といえば、高校の国語の時間、先生がある質問をしました。



「芭蕉は、高齢だったにもかかわらず、こんなに長い距離を移動したことになっています。そのことから、芭蕉○○説という説があります。さて、何説でしょう?」








私は、自信を持ってこう答えるつもりでした。









「芭蕉嘘つき説」











心に大きなダメージを受けるところでした。

先生に指名されなくて良かったです。




芭蕉さん、嘘つき呼ばわりしてごめんなさい。








ちなみに正解は、「芭蕉忍者説」です。











ところで、私にとって、一番に思い浮かぶ芭蕉の俳句は

「古池や蛙(かわず)飛びこむ水のおと」

なのですが、みなさんはいかがでしょうか。



以前読んだ『国家の品格』に、この俳句に漂う情緒が分かるのは、日本人だけだと書かれていました。
日本人は、一匹の蛙が「ぽちゃん」と、飛び込む様子を想像するそうなのですが、日本以外の多くの国々の人は、ドバドバトバッと蛙が集団で飛び込む光景を想像してしまうそうです。
つまり、この俳句が持つ静けさだとか、余韻だとかを感じることはないそうです。


この話は、私にとって、とても興味深いものでした。

田舎育ちだということもあり、私が幼い頃は、池や堤と呼ばれる場所が近所の至るところにありました。


なので、この俳句を聞くと、その頃見ていたひっそりとした池が思い起こされるのですが、都会で育った人はどうなのでしょうか?


思い浮かばない?


それとも、思い浮かぶ?






思い浮かぶとしたら、記憶にはないはずなのに、なぜ?


疑問はつきません。



そういった感性というものは、どこで磨かれていくものなのでしょうか。







ここで、高校の国語の時間に詠んで褒められた一句を。








静かなる 肩のおもきに 春ゆめみ







受験という重いプレッシャーに解放される春を待ち望む、当時受験生だった私の心と、雪の下で草花が暖かな春を夢見ている心とを詠いました。






日本人として生まれた以上、日本の四季を歌に詠める感性を磨いていきたいものです。

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  • Date : 2010-02-12 (Fri)
  • Category : 未分類
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